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2012.03.23 Friday

時代がらみ


12032301.jpg

昭和58年の香盤表。

これは事務局が芸人に配るもので、もちろん今でもあります。

しかし29年前となると色々なことが時代を感じさせてくれます。

まだ談志一門が居て、国立演芸場では左談次師匠とぜん馬師匠、談生(現 馬桜)師匠の
真打昇進の披露目をやってます。

亡くなった方もずいぶん居ますな。

東芝土曜寄席と椀や土曜寄席がまたなつかしい。
まず銀座7丁目の東芝セブンでやって、その中の前座・二ッ目・真打の3人が近くの
椀やという居酒屋の寄席に移動してまたやるというもの。

東芝土曜寄席は平成5年12月をもって終わってしまいました。
何を隠そう、この最後に出た前座はワタクシだったりします。
しかもこの時が落語デビュー(ネタは金明竹)

その翌年から銀座7丁目劇場として吉本興業が運営するようになりました。
たしか夕方に生公開番組がありましたな。
ちなみに椀や土曜寄席もその数年後になくなりました(椀や自体が閉店)。

さてまた香盤表に戻って、
上から二段目の新宿末広亭夜席の二ッ目交互は志ん上/朝次になっています。
今のひな太郎師匠と才賀師匠。

前座の一番下が今の圓太郎師匠ぐらいだから、やっぱり時代を感じます。

とまぁなんだかんだ言っても、これを見て一番驚いたのは芸人の総数が少ないこと。
今は倍ぐらいになってるんじゃないかな?
それぐらい違います。

コメント
29年前−私は、まだ生まれてなかった。と言いたいとこだが、シッカリ生存してましたw。仙志郎師匠の『金明竹』拝聴してみたいですw。
  • 通りすがりの少女A
  • 2012.04.11 Wednesday 23:42
いやー、金明竹はもうやれないですねぇ。
細かい部分をほとんど覚えてないです。
  • 仙志郎
  • 2012.04.16 Monday 15:19
お邪魔します。 「椀や」で土曜寄席を楽しんだ者です。
一番の思い出は、桂小南師匠です。 噺は「道具屋」だったか。 もう30年以上も昔の話です。 幕が降りた後、私は仲居さんに師匠のサインをお願いしたのです。 当時、椀やメニューは持ち帰りが可能でしたので、そのメニューに師匠のサインを記念として(学生の身でしたので何回も通えませんので)いただこうと考えたのです。 待つことしばし。

失礼なお願いをしたのだと後悔していました〜〜〜〜ところが、『もらえましたよ』の仲居さんの言葉にビックリ。 それ以上に驚いたのは、師匠は水仙だったかの水彩画を描いてくれたのです。 みしらぬ独りの客に、小一時間を費やして筆をとってくれたのです。 このお宝は、両親の元にあるはずです。 一度ゆっくり寄席で、故師匠の噺を聴きたかったと後悔しています。
  • TEXAS
  • 2013.01.27 Sunday 07:05
>TEXASさま
うわぁ返信遅くなってホントすみませんでした!
椀やをご存知なんですかー。
あの独特の雰囲気は他じゃ味わえませんよね。
小南師匠、懐かしいです。
協会が違うのでお会いする機会は少なかったんですが、
物腰の柔らかい穏やかな師匠だったのを覚えています。
  • 仙志郎
  • 2013.02.26 Tuesday 13:28
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